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社団の沿革

始動。戦後の日本農業に新たな活路を求めて

当法人は、戦後の食糧不足が日本全土に深刻な影を落とすなか、米の増収を通じた食料の増産や農業者の生活改善に、新たな活路を見いだすべく、1948年(昭和23年)、出口すみ子(初代総裁)によって創設されました。出口すみ子は、“さまざまと世はかわれどもかわらぬは月日と土のめぐみなりけり”と、とりわけ天地の恵みに対する感謝の心を第一義に、土を生かし、土の機能をより高める“土づくり”によって農産物の増産をはかるよう、農業者につよく働きかけました。

その考えは、今日も当法人の活動に脈々と受け継がれています。


拓いた道。天産物自給と酵素研究そして農法の応用へ

出口すみ子の夫であり、農本主義を提唱した出口王仁三郎翁(※注1)は、『農は天下の大本(たいほん)』として農業の重要性を説きました。殊に天産物自給の着想は、出口すみ子同様に草創期の当法人にあって、特筆すべき大きな影響を与えました。

昔の人は四里四方の土地で採れたものを食材として生活すれば、健康で長寿をまっとうすることができると教えていました。昨今、“地産地消”あるいは“身土不二”と称して、消費者団体などが日本各地で行っている様々な運動は、まさに王仁三郎翁が考えた天産物自給の運動といえます。その地域の地場産物、農産物だけではなくて山の幸、野の幸、海の幸あるいは川の幸、これらを含めてその地域風土が生み出したものを主体として、その地域の人がぞれぞれの食卓を構成していく。つまり食と農の距離を限りなく縮め、場合によっては重なり合う関係にすると、日本だけでなく世界の農業界が抱える問題、やがては経済界の問題までもが好転するとしています。

さらに王仁三郎翁は最晩年、『酵素は天国の肥料である』と説き、翁自身がその当時住まいしていた京都府亀岡市の中矢田農園に、当法人の前身となる酵素研究所を設立しました。

当法人では、1949年(昭和24年)に『酵素の応用と農業』(島本覚也著)を出版、その後『発酵微生物の応用と各種肥料の作り方』(1951年【昭和26年】)、『微生物農法』(1952年【昭和27年】)と、酵素農法の指導書を次々と出版し、わが国における酵素農法の先鞭をつけ、微生物酵素農法の指導を根幹に、その歩みを着実にすすめてきました。


原点を顧みて。愛善酵素農法のスタート

2002年(平成14年)、今日まで連綿と続いてきたその活動をさらに進展させるため、従来の微生物酵素農法(愛善みずほ農法)を『愛善酵素農法』と正式に呼称し、これを実践する農業者に認証を与える“認定制度”を、新たにスタートいたしました。

この農法で大切に育てられた清らかな野菜や果物は、その認定生産者によって、一つ一つ丁寧に安心と安全の証である“認証ラベル”が貼付され、今日も日本の多くの食卓に彩りと潤いをお届けしています。


※注1 出口 王仁三郎 (でぐちおにさぶろう)
1871年8月27日、丹波国桑田郡穴太村(現・京都府亀岡市曽我部町穴太)の農業上田吉松の長男として生まれ、1948年1月19日、満76歳で昇天。
宗教法人「大本」の教祖の一人。宗教家・思想家としてその名がよく知られているが、文筆、書画、陶芸、詩歌など、多方面にわたり、その才能を発揮した。

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